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一覧へ戻る大切なものを失ったときの「悲しみ方」
ビジネスパーソンの皆さんは、大きな喪失体験があった時にどのようにその「悲しみ」を乗り越えているでしょうか。
長い人生の中で公私問わず「一度も喪失体験がない」という方はいないと思います。
例えば、コミットしていた職務や所属組織を失ったり、プライベートでパートナーと離別するなど様々な喪失があります。
これらの中でも、喪失体験としてひときわ大きく、また経験する方が多いのが家族など近親者との死別でしょう。
大切な存在を失ってしまったときに、その大きな悲しみをどう乗り越えていけばいいのか、あまり語られることはありません。
今回、皆さんにご紹介したいのは、「グリーフワーク」という概念です。
グリーフワークとは
グリーフケアとは、もともと、愛しい人と死別した家族がその悲嘆(英語でグリーフgrief)を乗り越え、悲嘆から立ち直り、再び日常生活に適応していくためのプロセスのことです。
もともと欧米の病院で実施されてきた概念であり、日本ではまだあまり知られていません。
正しく「悲しみ」を見つめることが軽視されてしまうと、かえってゆううつや心身の不調が長引いてしまうケースもあるのです。
とくに日本では、大きな喪失体験があった当事者が、人前では悲しんでいないフリをしたり、毅然とした態度をとってすぐに仕事に打ち込んだりすることが美徳とされがちですが、これが本当に正しいかどうかはグリーフケアの視点から疑問が残ります。
グリーフのプロセス(フィンクの危機モデル)
グリーフのプロセスは様々な説がありますが、ここでは、アメリカの心理学者フィンクが提唱した4段階のプロセスを紹介します。
大きな喪失を体験した人は、時間によって下記の心理的なプロセスを経て徐々に立ち直っていきます。ど
のようなプロセスを経て立ち直っていくかを知ることは、喪失体験からのリカバリーの大きな手助けになります。
1)衝撃の段階 対象を喪失し、情動や現実感覚の麻痺が起こる段階。
涙も出ない、体の力が抜けるなどの身体反応が起こる時期。
2)防御的退行の段階 現実に直面するのがあまりに恐ろしいため、否認や現実逃避、退行などの心理的な防御反応が働く時期。
外界との繋がりを遮断することもあるが、この段階で少しずつエネルギーを蓄えている。
3)承認の段階 辛すぎる現実に直面することで、抑うつや、怒り、悲しみ、無力感、罪悪感、不安などあらゆる感情を示す時期。
この段階の苦悩を越えることで、徐々に現実が受け入れられるようになる。
4)再適応の段階 現実を受け入れ、死を悼む気持ちだけが残り、悲哀感を乗り越え新たな方向へ向かうようになる再出発の時期。
まず大切なことは、人にはこうした感情の変化が起こりうる、という自覚をすることです。
コントロールできない不快感情の動きはとても苦痛ですが、それが予測できることで納得感が増し、苦痛を減らすこともできるのです。
今まさに悲嘆の最中にある人は、自分が今どこのプロセスにいるのかを把握することが大切です。
いちばん大事なのは「しっかりと『悲しみきる』こと」
私が最も重要だと考えるグリーフケアのポイントは、「悲しい感情を表出したくなったときに、それをしっかり吐き出す」ということです。
特に中年男性は自らの感情を露出することに強い抵抗感を示し、苦手であることが多いのですが、このプロセスを経ないと、かえって心の不調が長期化するおそれがあります。
はじめは麻痺していた感情が湧き出してくるタイミングがあり、その時にしっかりと悲しみを味わい尽くすことが必要です。
思い出の場所を訪れるなどの儀式的な行為や、信頼する人の助けを借りるなど、自分なりの方法でしっかりと「悲しみきる」ことがその後の浮上のきっかけとなります。
失ったものとの新しい関係性をつくる
死生学の権威である哲学者デーケンは、グリーフの最終段階において人は新しいアイデンティティーを獲得し、より成熟した人間として生まれ変わるとしています。
そもそも「悲しみ」とは何かを失ったときのサインとして機能する感情であり、大切な人の喪失を乗り越えるとはつまり、故人との関係性を再構築することです。
その人との関係が強ければ強いほど苦難を伴いますが、これを乗り越えることができた人は、他者の苦しみにも深い共感を示し、時間の大切さや周りの人間関係に感謝を示し、人生観を自分の人生により深い意味を見出すと言われています。
実は、私も近親者を亡くした経験があり、その出来事によって自分の生きる意味を与えられているような感覚があります。
グリーフケアの概念が広まることで、つらい悲しみを創造的に乗り越えられる人が一人でも増えるきっかけになればと思っています。
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鈴木 裕介
ハイズ株式会社 事業戦略部長
日本内科学会認定内科医
2008年高知大学医学部卒業。一般内科診療やへき地医療に携わる傍ら、高知県庁内の地域医療支援機構にて広報や医師リクルート戦略、 医療者のメンタルヘルス支援などに従事。2015年より現職。